inkcube.org代表のMemorandum

インクジェット,3D,その他テクノロジーについて.

仕様公開とビジネス

従来のメッシュベースではないボクセルベースの全く新しい3DデータフォーマットであるFAVを慶應義塾大学と共同研究し,仕様を策定して2016年に公開した(ver.1.0).

FAVに様々な3D情報を保持させることで,煩雑な処理を経ることなく3Dプリンタの能力を発揮できるため,3Dプリンタの一層の活用に貢献できると考えた.

FAVの仕様(3D物体の表現,情報管理)には様々な工夫,新しいアイデアを盛り込んでいるが,多くの人による活用(FAVを扱えるソフト,ハード開発含む)を阻害させないため,これら新しい工夫やアイデアに対しては特許を取らないことにした.

しかし社内においてお金(大学との共同研究費)や人をかけた共同研究成果を,特許を取らずに公開することに対しては,社内外から当然多くの疑問が寄せられた.これに対して私は以下の2つのビジネス戦略を説明し,疑問を寄せた人たちを納得させていた.

1つ目は2016年に公開した仕様は最初の基本仕様であり,次の仕様(新しい追加仕様)を策定して公開する前に,(仕様そのものではなく)その仕様を利用した技術を開発し,特許で抑えておく.すなわち新規仕様を策定する主導権は自社と共同研究で握り,新しい仕様を使った技術開発で他社より常に先行する.

2つ目はpdfという公開されている仕様でビジネスをしているAdobeを真似るという説明.ただ当時そう説明をしていたが,ほんとうにAdobeのビジネス戦術を詳細まで理解していたわけではなく,なんとなくpdfのようにFAVを標準3Dデータとして流通させ,FAVが流れるデータフローの中でビジネスチャンスを見つける(例えばFAVを3Dプリンタで使ったときに課金するなど),という説明をしていた.

pdfも今ではISOの標準になっているが,pdfに関してAdobeは多くの特許を取得しており,Adobeのpdf関連特許や著作権を利用したビジネス戦略の一部を最近知ることになった.

特許に関しては,pdf writerの特許を無償で譲渡するが(このためpdf化するフリーのツールが多数存在している),譲渡の条件としてpdf仕様に準拠した開発をすること,すなわちpdf仕様を勝手に拡張しないことを求めている.これは上述した仕様変更の主導権確保を,特許利用の条件というきちんとした形で担保したことになる.これにより競合はAdobeの特許の範囲でしか機能を作れず,Adobeとの差別化ができないことになる.

さらにpdf(仕様)には著作権があるため,第3者がpdfの仕様に準拠したwriterを開発することを(仕様の)著作権利用を許可する条件としている.

データフローの中での課金アイデアがFAVのビジネス利用の正しい戦術だったのか,またpdfでどこまでこのようなことを行っているのかまだよくわからないが,少なくとも仕様変更の主導権確保は知的財産を取得しても(利用しても)できることを学んだ.

ちなみにFAVは2019年にver1.1aをJIS登録し,デジュールとして標準化した.仕様の改変について責任の所在を明確にし,安心してFAVを活用してもらう狙いである.また,悪意のある第3者がFAVの名称を勝手に抑えてしまわないよう,商標登録を行った.

今は会社を離れ,FAVのビジネス活用を提案・実践する立場ではなくなったが,もともとの目的であった3Dプリンタの一層の活用の実現までにはまだまだ道半ばであり,これからも進めて行く.