インクジェットや3Dプリンター(AM)を中心に,これまで5,000件以上の文献(論文,解説記事,予稿集など)を収集してきた.
Open Accessとして誰でもダウンロードできる論文や,コンファレンス参加者に配布される予稿なども含まれるが,特にインクジェット技術の黎明期を支えた基本文献や,現在では入手が困難になった貴重な資料も数多く保有している.
例えば,私の定義ではインクジェットに分類していないものの,1870年代に大西洋横断通信ケーブルによる電報システムの出力端末として使用されたSiphon Recorderに関する1967年の英国特許や,荷電偏向制御方式の物理原理に関する論文群なども収集している.
会社にいた時は,社内の知財部などを通じて有料の文献取り寄せサービスを頻繁に利用していた.おそらく社内でも最も多く利用していた一人だったと思う.当時は文献と特許について,業界で誰よりも多く読んでいたという自負がある.
これらの文献を,先行技術調査や技術者・研究者の自己学習に役立ててもらいたいと考え,これまではinkcube.orgで文献リスト(5,000件の一部)をExcel形式で公開していた.
今回,新たに以下のページで,キーワードや文献データベースに含まれる語句から文献を検索できるサービスを公開した.
https://www.inkcube.org/bunken/
もちろんそれぞれの文献には著作権があるため,本文を直接ダウンロードできるようにはしていない.しかし,興味のある文献が見つかった場合は,連絡していただきたい.
一方で,まだ千数百件の文献をデータベースに登録する作業が残っている.また,保有している文献や古いカタログ類を将来的にどのように管理していくべきかという悩みもある.
中には現在ではほとんど入手できない貴重な資料も多い.例えば,私の定義では世界初のインクジェットプリンターであるVideojetのカタログや印字サンプルなども保管している.私自身が管理できなくなったとき,それらが散逸してしまうのは,日本のインクジェット技術史にとって多少なりとも損失になるかもしれない(少々大げさかもしれないが).
以前は,歴代の特異的なインクジェットプリンターを収集して「インクジェット博物館」のようなものを作れないかと考えたこともあった.もしそのような施設があれば,資料の保存先として理想的なのだが,現実にはなかなか難しい.
個人に託すのが最も現実的な方法かもしれない.しかし,引き受けてくれる人がいるのか,その人が資料を有効に活用してくれるのかなど,不安も少なくない.
良い解決策はないだろうか.
NEXUS
昨日,日本で発売開始になった書籍が届いた.

6月に開催するコンファレンスICJ2025の日本語の大会スローガン
『画像価値多様化への挑戦- 来て・見て・語れ つながりが拓く画像技術の未来 -』
を英語にする際,"つながり"にこのNEXUSを用いた.
The Challenge of Diversifying Image Value
- Come, Watch, and Discuss ,Nexus Pioneers the Future of Imaging Technology -
NEXUSには
・物事や人々が互いに結びついている点や関係性
・さまざまな要素や活動が集まる中心的な場所やポイント
・異なる要素やシステムが接続される場所や手段
という意味があり,学会の役割としての"つながり"の英訳としてぴったりだと思う.
デジタルプリンティング
インクジェットや電子写真によるプリンティングを「デジタルプリンティング」と総称することがある.
いつからこのように呼び始めたかはわからないが,例えば原稿からの反射光で直接感光体に潜像を形成していたコピー機をアナログ複写機とし,これに対して潜像を形成するためのレーザーやLEDによる露光をデジタルで制御する複写機をデジタル複写機と呼ぶなど,電子写真やインクジェットのプリンティングプロセスの信号処理をデジタルで処理し始めてからそのように呼ぶようになったのだと思う.現在はアナログ複写機は商品としては存在せず,その代わり印刷市場等で使われているオフセット印刷やスクリーン印刷など,版を使用するプリント(印刷)方式を「アナログプリンティング(印刷)」と呼ぶことがある.
2008年に出版した書籍「インクジェット」は日本画像学会創立50周年を記念して取り組んだものであり,ほぼ同時期に出版された他の3冊も併せて「デジタルプリンタ技術シリーズ」と書籍の表紙に記載されている.2018年に出した「改訂版インクジェット」も,今月に出版される「画像処理」もデジタルプリンタシリーズである.
先日,学会のイベントでお会いした大先輩から「今の時代にインクジェットなどを“デジタル”プリンティングと呼ぶのはおかしいのではないか」と問われた.つまり今の時代に”デジタル”が表す意味は(受けとられる印象は),単に信号をデジタル処理するということではなく,デジタルならではのサービスや付加価値があってはじめてデジタルを名乗れるのではないかということである.
まさに私も同じことを考えており,このイベントの挨拶でサプライチェーンの上流から下流まで日本画像学会に取り込みたいと話した.つまりプリンティング技術が(イベントでは画像技術が,であったが)提供できるサービスや付加価値をサプライチェーン全体で考えなければならないということを言いたかったのである.
ところで信号処理の観点でもデジタルとアナログプリンティングを明確に分けるのも無理があるように感じている.従来の印刷も版を作成するCTPまではデジタルであり,インクジェットにおいてもヘッドに入る信号はデジタルだとしても(アナログ信号も入るが),インクが吐出されるメカニズム,インク滴が吐出されてメディアに画像を形成するプロセスはまさにアナログである.
これからも「デジタルプリンティング」と名乗れるよう,技術が創出できるサービス,付加価値をサプライチェーン全体で考えて行きたい.
ちびまる子ちゃんとリフィルモデル
ちびまる子ちゃんの声のTARAKOさんがお亡くなりになった. 実はこの2週間くらい,ちびまる子が表紙になっている昔のノートを取り出し,中身と格闘している.
このノートに書きつけていたのは,インクのリフィルと,ノズルでのメニスカス振動をNavier-Stokesの運動方程式を使って解析的に解いた内容であり,おそらく当時の仕事内容を思い出すと1997~1998年頃に書いたものだと思う.だからこのノートを買ったのも1997年前後だと思うし,その頃は毎週テレビでちびまる子を観ていたな.

オンデマンド型は今でもインクリフィルは毛管力のみに依存しており,単純なモデルではあるが25年以上前のこの仕事は,今でもわりと役に立つ.当時は自分のSUNのWork StationにFORTRANのエミュレータを載せ,この結果をもとに数値計算し,別の実験結果による重回帰分析に基づいた設計ツールと併用していた. 今,サポートしているある会社からリフィルを予測できるツールの作成を頼まれ,EXCEL環境で数値的に解くツールを作成中だったわけである. なかなか忙しくノートの自分の字が汚いせいもあるが,当時は当然頭の中で理解していたことがノートに記されていないので,なかなか進んでいない.
ノートの裏表紙のちびまる子は,「まだできていないんだよね」「でも,あたしゃ頑張るよ」と言って私の声を代弁してくれているように見える. 
・・・この記事を書いてから約1週間後,ver.1.0が完成しました.現在はver.2.4まで改良が進み,下記のようにメニスカス振動まで計算できています.

宛名
inkucube.org宛てに郵便が来た.私の名前無しで届いた初めての郵便だ.でも考えてみれば住所さえ合っていれば宛名は何でも届くだろう.そう思った次に考えたのは,差し出した人がよくinkcube.orgだけで出したものだと.内容は講演に関するものであったが,私個人というよりinkcube.orgを意識していたのだろう.それはそれで新しい変化かもしれない.

さて11月19日に書いたコンシューマー向け記事に関して,いくつかの私のコメントがWEB記事に掲載された.開発メーカー(技術者)と消費者(ユーザー)との間の意識ギャップを埋める文章として「インクジェットプリンターは物理・化学現象を高度な技術の絶妙な組み合わせで制御し,品質を保証している商品です.」と書いた.これでユーザーの不満が解消できるとは思わないが,少しでも使っている人が大事に商品を使ってくれればと思うし,開発メーカー側もユーザーの理解を得る努力を惜しまないで欲しいと思う. この日に書いた仕事のWindowが無くなっているという話であるが,やはりこの状況は解消されなかった.ただし減らす活動は絞れてきたし,また今すぐではなく半年後まで猶予ができたということで,今年の私のMemorandumは終わりにしたいと思います.
大学からの帰り道
先日,以前から存じてあげておりコロナ前には良く学会等でお会いしていたある大学の先生に呼ばれ,研究室を訪問してきた.先生の研究テーマに関し困っていることがあり助言が欲しいとのことだった.この先生は流体力学,音響学の専門家であり,いくら私がインクジェットの経験が長く知識があるといっても,先生の(おそらく高度な)困りごとに応えることができるか心配であった. まずはお互いの近況や先生の他の研究テーマの状況を聞いた後,困りごとを抱えるそのテーマの実験室に移動して,装置を動かしながらディスカッションを行った.実験室で過ごした約2時間のあいだ,先生や学生の質問に対する私の回答や,種々の問題点に対する私の意見について,先生も学生も熱心にメモをとっておられ,また私の説明についてさらなる質問をされていた.そんなことから少しは私が来たかいがあったのかなと安堵して帰路についた. 私の回答や様々な説明は,おそらくインクジェットの経験者ならある程度は同じようにできたかもしれないと思う.大学からの帰り道,そう思いながらもうひとつと強く思ったのは,まさにこれが機能分担型進化 の一過程になるかもしれないということであった.実験室での私の話は先生のテーマの原理(本質的な流体力学や音響学)に及ぶ高度な内容にはなっていないと思う.しかし先生が私の話を聞かれて,本質的なこと(原理)の「パラメータの範囲では解決出来ないのかもしれない」,と帰り際に私に言われたことは,まさに他のシステムを導入し,大きな課題解決の機能を分担する機能分担型の進化の必要性を先生が感じられたのかもしれない.(大学から帰る電車の中で,このメモを書き始めたので,このタイトルにした) 先生が私に連絡をくださったのも,きっと先生のTransactive Memoryの中でこのテーマ問題に関し私がひっかかったのだと思う. 大学を訪問した前の週,友人に誘われ友人が勤める会社を訪問し,若手技術者と話をした.その際,狭い領域の中だけでがむしゃらに頑張るだけではなく,機能分担型もイノベーションを起こすアプローチであり,そのために必要なのがTransactional Memoryだという話をした. まさかその翌週に自分でそれを認識する機会に出会うとは思ってもみなかった.このことをぜひ,先週訪問した会社の若手に伝えてあげたいのだが,このメモを読んでくれていると良いなと思う. 例年より遅い大学構内の鮮やかな紅葉とともに,私にとっても記憶に残る午後であった. p.s. 上の文章で「インクジェットの経験者ならある程度は同じようにできたかもしれない」と書いた.まさに枯れた技術を挑戦者に移転するという,inkcube.orgの狙いそのものであることも,ここで強く伝えておきたい.
