inkcube.org代表のMemorandum

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労働生産性

先日「脱ハンコ」推進に関する講演を聴講した.電子での本人認証(担保)手段のトレンドや,その中で最も信頼性が高いPKI(Public Key Infrastructure)の仕組みをよく知ることができたので,講演自体は有意義だった.

脱ハンコや可能で効率化につながるペーパーレスはぜひ進めるべきであり,そこに異議を唱えるつもりは全くない.

が,気になったのは「脱ハンコ」と日本の労働生産性の低さを結び付けたような,つまり日本の労働生産性が低いのは「ハンコ」や紙中心の働き方のせいである,と直接言わないまでもそういうストーリー仕立てにしていたこと.講演の最初の方で日本はOECD加盟国で21番目に労働生産性が低い(2018年)とデータを示し,次に世界でハンコを公的認証に使っている国は日本と台湾だけであると紹介し,そして最後に脱ハンコの話をすれば聞いている人はそういうストーリーで受け取ってしまうだろう.

確かに多くの日本での働き方は生産性を下げている.我々の世代だと[生産性]→[テキパキ働く]というイメージを抱きがちであり,世界的に見ても残業時間が多い日本は間違いなく生産性は悪い.

ただし[労働生産性]には[物的生産性]と[付加価値生産性]という2つの指標がある.生産量や販売金額を分子にした[物的生産性]であれば,たしかにいかに効率的に働くか,に近く,脱ハンコや残業短縮はこの指標を大きく上げそうである.しかし今,一般的に使われ,日本が低いと言われているのは[付加価値生産性]であり,この[付加価値生産性]の分子は付加価値額である.いかに付加価値を生み出すかが[労働生産性]なのである.[付加価値]とは限りなく[粗利]でありGDPであり,一人当たりのGDP労働生産性である.

であるなら,IT産業をはじめとする粗利の大きいビジネス,あるいは成長している大きな市場で,日本の企業が台頭できていないことが日本の[労働生産性]が低い元凶であり,そこを変える,すなわち儲かるビジネス,市場でいかに日本が成功し存在感を示すかが,日本の[労働生産性]を向上させることにつながるのであり,ここでは[脱ハンコ]はそれほど重要な因子にはならないはずである.世界の中で[労働生産性]が低い,ということを最初に課題に持ってくるならそういう話をすべきであろう.

ところでハンコ文化を持つもうひとつの国,台湾の[労働生産性]はどうなっているのだろう.台湾はOECDに加盟していないので,数値が公表されることはないのでわからない.ハンコと同様に紙上での認証ということでは同じ仕組みのサインを使っている国,アメリカの[労働生産性]は第3位で日本の1.6倍である.アメリカでサインの電子化が進んでいるとしても,脱ハンコやペーパーレスだけではこの1.6倍の差を埋めることにはつながらないのではないだろうか.