inkcube.org代表のMemorandum

インクジェット,3D,その他テクノロジーについて.

成功事例とエピソード

NHKプロジェクトXの再放送を放映していた.VHS方式の家庭用VTR開発の回であった.プロジェクトXはいろいろ演出もあるのだろうが,技術者としていつもこの番組には素直に感動させられている.ただし技術の成功事例やエピソードは尊重し,登場する技術者には敬意を表するものの,テレビのプログラムとして感動するのであってそれほど自分に参考にできるものでもないし,することもない.

(この番組が感動的なのは,この番組のために作られたオープニングの「地上の星」とエンディングの「ヘッドライト・テールライト」がとても名曲で,耳に,そして心にも響くこともあるだろう.)

まず成功事例であるが,成功には様々な要因や舞台があり,我々に語られるのはそのほんの一部分である.我々が知り得る領域での成功ストーリーの裏,あるいはそれと密接な関わりのある語られない部分がどうであったのかがわからない中で,この成功ストーリーがそのまま他の事例に当てはまることはまずない.

また,語られる成功ストーリーでも,いくつもの選択,判断,分岐点があるが,成功事例はその来た道を後から振り返る1本道であり,それぞれの判断,分岐が「その事例では正しかった」というだけで,背景や状況が異なる別の事例で,同じ判断,分岐が正しいとは限らない.別な言い方をすれば,別の事例で,今度は最初から成功事例と同じ道を上ってきても,成功につながるとは限らない,いやつながらない.その逆,つまり成功事例で選択しなかった道を(事例が違えば全く同じ条件の分かれ道はないのだが)別な事例で選んでも,成功するかもしれない.なにしろ成功事例は後ろから後戻りした1本道だから,違う道を進んだ先は絶対に見えない.

そういう意味ではむしろ成功事例より失敗事例の方が,少しは役に立つかもしれない.失敗事例は多くの場合,これをやったらどんな事例でもだめだよね,というものがわりと多いからである.

会社にいたとき,職場の方が会社の予算で「成功事例集」のような書籍(10冊以上のシリーズものだった)を購入し,オフィスの書棚においていたが,一度たりとも手にしたことはなかった.

成功事例に似たものとしてエピソードがある.私が良く語るのは(ハンダごてが注射器にあたってインクが飛び出したという)キヤノンのバブルジェットの原理発明や,3Dプリンタ方式の1つである光造形の原理発明に至るエピソードである.

どれも嘘ではなく,事実をもとにしているが,時間関係や関わるそれぞれの事象との関係は,かなりデフォルメされていたり,はしょられていたり,後からの解釈が当時の状況のように語られる場合もある.

そういう自分も,(成功事例とは言えないかもしれないが)新しい3DデータフォーマットFAVの提案に至るエピソードについて様々なところで話をしているが,多少大げさなところがあることを認める.

でも,それは悪いことではないと思っているし,成功事例,特に世の中に大きく貢献した技術ではそれは許されるものだと思う.そのエピソードがその人の名前とともに語られることは,苦労して実現した技術者へのご褒美でもあるからである.