inkcube.org代表のMemorandum

インクジェット,3D,その他テクノロジーについて.

トラブルフォローとインクジェット概論

インクジェットの基礎講座(概論)の動画講座(LMS)を始めました.これまで会場で受講者を目の前に話していた内容とほぼ同じものです.参加者の顔や反応を見ながら説明を追加したり,話を脱線させる方が参加者も理解が進むと思うので,新型コロナ感染症が終息すれば今後も会場で行いたいと思いますが,新型コロナ感染症が終息した後もテレワークの機会は増えると思われるので,ぜひ,このLMSを活用して欲しいと思います.

インクジェットのセミナーでは,「プリントヘッドの高効率化」,「高速産業向けプリンタ」や「安定吐出」など,Specificなテーマでも話しますが,圧倒的にインクジェット全体をお話する概論のセミナーが多い.もともとプリントヘッドを専門としていたのに,なぜ,全体のことが理解できて話ができるのか.その1つのそして大きな要因として,私がインクジェットの研究・開発をしていた会社でのインクジェット技術者層の薄さ,数の少なさを挙げることができると思います.

具体的な数は示しませんが,私が直接インクジェットプリンタの商品開発に携わっていた時(商品開発は7年間くらい,あとは研究所でした),コンシューマー,そしてビジネス向けのプリンタを開発し販売してきましたが,開発に関わる技術者の人数はおそらくC社,SE社の1/50〜1/100くらいしかいなかったと思います.私は自社製のプリントヘッドの全ての流路設計をした,まさにプリントヘッドの技術者であり,当時,プリントヘッド開発の実質的な責任者でした.

商品開発では,様々なフェーズでシステムのテスト(評価)が行われ,トラブルが見つかればすぐに解析し,修正をします.本来ならトラブルが見つかった時点で,そのトラブルの原因となる技術の担当,責任者が詳細な原因を究明して改善活動につなげるはずです.しかし層が薄かったため,とにかく吐出がおかしい,プリントがおかしいトラブルはたとえ本当の原因は何であれ,全てプリントヘッドにまず解析の責任が回ってきました(層が薄いというのには,現象からまず原因系を推測し分類できる統括的な技術者もいなかった).

もちろん本当にプリントヘッドに起因するトラブルもありますが,インク色材のロット差が原因だったとか,ファームウエアでの駆動条件の書き間違いという,まったくプリントヘッドに責任がないものがあまりにも多った.しかし,この一次原因(プリントヘッド以外に原因があること)を解明(データで証明)しない限りは,その(解析)責任から逃れることができませんでした.

商品開発のトラブルフォローは厳しいです.例えばシステムテストのトラブル結果が夕方報告され(SSM:Sun Set Meetingと呼んでいました),夜の10時ころからトラブルフォローの会議体(PMC:Problem Management Committee)が始まり,夜中の12時ころにプリントヘッド(がまず責任を負う)トラブルに呼ばれ,そして翌日のまた夜の会議体までに最初の解析結果を報告せよ,というハードなものも何度もありました.責任を持たされたトラブルの真の原因を解明して,本来の技術担当者に引き渡さなければ,いつまでも,そして多くのトラブルフォローに時間を割かれてしまいます.

今考えるとひどい話ですがこういう状況で,関連するあらゆる技術に精通し,技術同士の関連性への理解を深めてきたからこそ,今,単に個別技術の寄せ集めではない「インクジェット技術概論」のセミナーができるのだと思います.

幸い,体もメンタルも私は壊さずに済みました.