inkcube.org代表のMemorandum

インクジェット,3D,その他テクノロジーについて.

昔話(2)

サラリーマンなら誰もが感じることかもしれないが,会社時代,私は上司とそりが合ったことがないし,大きなケンカもした.それが出世できなかった理由の1つだと思うのは,これもよくあるサラリーマンの勘違いなのかもしれないが...

昨日書いた商品とは異なる市場向けの自社製品を開発するにあたり,会社としても力を入れ期待した証かもしれないが開発部は営業部も新設した事業部になり,別の部署から知らない事業部長が着任した.インクジェットではない他の商品では実績を残したやり手の事業部長だったらしい.

それまでの彼の成功体験なのかもしれないが,直観(直感)を大事にし,それをとことん尊重する人のようだった.着任当初は私もその直感にはまったのか,随分重宝されていたと思うが,あることで大げんかをしてその後,随分不遇をしいられたと思う.

今日はその話ではなく,私が中心に進めていたヘッド開発(方向)から大きく飛躍したヘッドを提案させる,というので事業部長がヘッドチームから若手を選抜し事業部長直轄のBタスクを発足させた.そしてそのリーダーには(ヘッドチームからの干渉をなくすため)ヘッドとは全く無関係の管理職を充てた.

こういう仕掛けは別に悪いことではないし,新しいことを提案させるために,従来の組織から切り離すというのはイノベーションの常とう手段である.しかし問題だったのは,あまりにヘッドの知識をもたず,タスクの提案内容の’スジ’の良し悪しを判断できない人をリーダーに据えたことか.タスクの活動期間,検討内容はヘッドチームにも共有されなかった(これもよくあるケースで,干渉を防ぐためには悪い事ではない).

さて,6か月後,タスクから提案されたのは具体的な施策はなく,①ノズル表面処理レス,②メンテナンスレス,③ヒートシンクレス,だった.もちろん大胆な提案に事業部長は喜び,この3つを進行中の商品にも採用すると言い出し,これを実現するためにタスクメンバーはその後も具体的な検討に進んだ.

確かに当時,新しい商品向けに開発していたヘッドのプロトタイプは巨大なヒートシンクを持っていたが最適化していたわけではなく,とりあえずあるものを付けていたのであり,それをさらに小さくすることは方向としては間違ってはいなかった.が,きちんとエネルギー収支を考えて最適化する必要があるし,ヘッドチームとしてはヘッドの製造プロセスを大きく変える予定があり,その後最適化するつもりであった.が,その後①②は当然実現できるわけはなく,③のみタスクメンバーは小さなヒートシンクを設計し,それが最終製品まで採用されるという悲劇が生まれてしまった.

実はその当時,発熱体基板の製造を自社で保有していたNMOSのプロセスから,パートナーのCMOSプロセスに切り替える予定があった.残念なことにNMOSで実績を積んできた発熱体基板の層構成や膜厚はCMOSでは完全に再現できず,特に蓄熱層であるSiO膜の膜厚を薄くしなければならなかった.蓄熱層が薄くなれば当然インクへの熱伝達を保つためには投入エネルギーを大きくする必要があり,それなりのヒートシンクサイズが必要になる.しかし事業部長下のタスクの唯一の提案となってしまった小さなヒートシンクサイズは[憲法]となってしまっていた.小さいヒートシンクに大きなエネルギー投入,何が起こるかといえば,寿命への影響,ヘッド昇温による画質変化.この問題もまた私のヘッドチームが背負わされることになった.

対応にはこれまた苦労の連続だったが,バンド内で駆動条件を切り替える新規な駆動方法を考案し,特許化して採用し,寿命もぎりぎりの方策で達成できた.

寿命達成のための方策で電源の安定幅を狭く要求したのだが,皮肉なことに要求先の電気屋さんはあのタスクのリーダーだった.そしてその時にそのリーダーが私に言った言葉が今でも忘れられない.「お前らがバカだから,俺たちまで苦労させられる」

「その言葉はあなたに言いたい」と言いたかったが,言わなかった.私が強い技術者になった瞬間である.