inkcube.org代表のMemorandum

インクジェット,3D,その他テクノロジーについて.

ファクトチェック

学会の役割として,出版物,ネット等で学会がカバーする技術領域に関する記述に対する誤りをチェックし,場合によってはそれを正す役割,いわゆるファクトチェックとでもいうべき役割があっても良いと思う.日本画像学会のカバーする領域は画像技術であり,人の生死や健康的な生活に直結する医療等ではないため,日本画像学会のこの役割に対する世間からの要求はそれほど高くないかもしれないが,純粋に技術者として正しい情報を伝える役割の重要性を感じ続けるのはごく自然だと思う.

ただしひとことでファクトチェックといっても自然科学分野であれば,ファクトを裏付ける客観的な事実,つまり何がファクトかを示すことが不可欠であり,論文に掲載されたものがファクトとも言い切れないのも事実であり,仮に論文を事実としたとしても全ての事象が論文化されているわけではなく,技術者間では経験等に基づいて「事実」として共有されているものも多い.またチェック対象への通報の仕方等も難しく,現実に行うには多くの課題があることが予想されるが,それでも学会の理事会やインクジェットの部会で提案をしている.実現はいつになるか,どのように行うのかわからないが,今日はこのインクジェットに関するファクトチェックで以前から気になっていたことがあり,ここで書こうと思い,再度その記載をネットで確認したが,見つからなかった.

それはSE社が自社で採用するピエゾインクジェットの優位性を主張する記載の中で,「ヒートレス」という表現を用い,熱を使うサーマルインクジェットとの比較においてサーマルインクジェット技術に対する事実誤認を前提に,だからピエゾインクジェトは優れている,適しているといった記事が書かれていたことがあった.これはインクジェット技術部会でも話題になり,また私もインクジェットが競うなら相手は電子写真であり,電子写真との比較で「ヒートレス」を強調するのならまだしも,インクジェット仲間として一緒に電子写真に立ち向かうべきサーマルインクジェットを,それも事実誤認の内容で比較対象にするのは残念だ,とSNSに投稿したことがある.それを本日改めてここで書こうとしてHPを探してみたが記載がなく,電子写真との比較のみが見つかった.

どういう経緯で改めたのかはわからないが,まずは良かったと思う.

個人のブログやインクジェットの技術者がいない会社のネット上での記載では,今後もおかしな内容が続くのだろうが,せめてインクジェットを生業にしている会社では,記事を書くのは技術者ではなくても最低限技術者のチェックは受けるべきだし,技術者も自分の担当している領域だけでなく,周辺,関連技術も広く学ぶべきである.私がかつていた会社はそこはちんとしていて,技術に関するリリースを出す場合は,広報と技術者で何度もやりとりがされていたし,FAVをリリースした時のリリース文は広報と私の修正で20回近く書き直されている.

ところで,インクジェットを生業にしている会社の記載でおかしなところはまだまだある.Stream/UltraStreamという加熱による表面張力分布でインク滴分離を制御する連続噴射型を有するE.K.社のカタログに,加熱による温度変化は100℃でバブルを生成するサーマルインクジェットの1/50のエネルギーしか必要としない,と記載されている.サーマルインクジェットでのバブル生成は膜沸騰現象であり,キャビティに存在する気泡核はなく熱揺らぎのみで相変化するものであり,270℃以上,通常は400℃近い温度上昇になっている.まぁ,これを記載しろとは言わないが,こういう記述を見かけると黙っていられないな.