inkcube.org代表のMemorandum

インクジェット,3D,その他テクノロジーについて.

高粘度液体噴射ヘッド

Quanticaから高粘度吐出できるオンデマンド型ヘッドが2021年に学会発表され,3Dプリンタへ実装されたことが先月,記事になっていた.ピエソでピストンを押す新しい方式で250mPa・sまでの粘度に対応できる.

ヘッドに対する要求として,高粘度液体の吐出がある.プリンタとしてはドット形状安定化や様々な機能材料添加において高粘度への対応は有効なアプローチとなる.特に産業応用やデジタルファブリケーションではその要求は高く,また従来技術で使用されていた材料そのものを吐出させようとすれば高粘度化対応は必須となる.

これまでにも様々な高粘度対応ヘッドが開発され,導入されている.ピエゾインクジェット方式だけでなく,その変形タイプ,あるいは別な方式おいても高粘度対応を謳うヘッドが多く発表されているが,オンデマンド型においてはその実用範囲は極めて限定的である.

それは粘度上限値が中途半端というだけでなく,実用として必要とされる生産性(駆動周波数,ノズル数)や液滴サイズの制限が従来ヘッドに比べ劣るからである.

インクをヘッドに加圧供給する連続噴射型と異なり,オンデマンド型のほとんどはインク滴吐出後のリフィルは毛管力のみに依存している.したがって単位時間内に流路を移動する液体量は(流路サイズ,液体物性により)決まり,粘度,周波数(リフィル速度),吐出量はトレードオフの関係から逃れることはできない.これは今後もオンデマンド型においてはほぼ成り立つ.

従って,このトレードオフからはずれるためにはインクの加圧供給が必要になる.オンデマンド型でも加圧供給(Hybrid化)するバルブ方式があるが,これも電磁弁の応答性から高周波数は望めない.

このトレードオフから抜けだす方式として10年前に発表されたのがKodakのCaptive CIJである.まさにオンデマンドと連続噴射型のHybrid型であるが,学会発表以降,その進展を聞くことはない.KodakはStreamの時も最初の発表から製品化までかなりの時間がかかり,しかも途中情報が途絶えた時期が長かったのでCaptive CIJも同じ状況であると期待したいが,Streamに比べあまりにも発表が乏しく,おそらくこの方式の開発は中断したのであろう.

高いハードル(課題)を乗り越えるためには機能分担型進化(新しいアーキテクチャ)が有効なアプローチである,というのは私の「インクジェット技術進化論」であるが,今後,ぜひ従来のオンデマンド型の範疇にとどまらない新しいアーキテクチャを,高粘度化対応においても期待したい.

女性登用と多様性

先日,テレビのチャンネルを切り替えているときに映った番組で,女性登用に関する討論を行っていた.たまたま見た場面では,(女性が今後さらに活躍していくためには)登用される数を増やすことも重要であり,そのためには実力が上の男性より,実力が下の女性を登用することの是非が議論されていた.

(番組の途中からなので,何に登用されるのかは聞いていないが,企業における[管理職]への登用に置き換えて聞いていた.)

管理職に登用される女性の数を増やすことには大賛成である.

実力が下の女性の方を優先するか否かに関しては,現実として直面する論点でもある.

私が会社に所属していた時,年に2回,社員の評価を行う会議が部門ごとに行われていた.また年に1回,昇進・昇格(試験の受験者)を推薦することが行われていた.そこでは(会社を辞める何年か前から)「実力が同じ場合には,女性を優先してください」という通達なのかお知らせなのかが,部門長より会議に参加する管理職に来ていた.この場合は実力が下ではなく,同じ場合であったが.会社が女性登用を重要な課題として捉えていたのは間違いない.

さて,私は管理職に登用される女性の数を増やすことには大賛成であるが,こういう議論,論点になることがおかしいと感じている.こういう論点をしなくても,女性の登用は増やせると考えるし,実際増えると考えている.

管理職に必要な資質は1つや2つではない(もちろん最低限満たさないといけない資質はあるかもしれない).また,様々な職種や働き方がある中で,必要なスキル,重要視されるスキルもそれぞれ異なるはずである.それなのに比較する「実力」って何のことだろうと思う.確かに昇進試験では決まったテーマに対する論文と10分足らずの面接であり,ここでの出来のみを「実力」と考えれば比較はできるだろう.

しかし,登用するポジションに必要な資質,重要視されるスキルをきちんと用意し,その人を丁寧に評価すれば,もっと多くの女性も登用されるはずである.いや,こういうことを行えばもはや男性・女性という考え方すら不要になるはずである.

ただしこれを行うには,評価する側,審査する側にもかなりの手間や苦労が生じる.しかしそれをやらなければ,いつまでたっても女性登用の問題は,この単純な論点でごまかされてしまう.

女性登用の話ではないが,まだ私が管理職になる前,職場のイベントで社外からの講師が「実力主義」にすべきと主張していた.私も同意したが,肝心なことの説明がなく,すぐさま質問をした.「実力主義はいいが,評価する側がきちんと実力を評価する能力を備えていないと,実力主義は成立しないのではないかと」.その時,この質問に対する明確な回答はなかったが,評価には手間をかけ,もっと丁寧に行うべきである.人があっての会社なのだから.

人事部は,何千項目にも及ぶコンピテンシーの辞書を作り,社員に毎年レベルを登録させていた.なのに社内での配属変更や人事評価にこのコンピテンシーが有効に使われた話は聞いたことがない.手間をかけるところが違うのではないかと思っていた.

それ以前に女性の社会進出や活躍には,子育て等の社会的な課題が大きいことはわかっているのだが.

最初の特許(?)

現在,インクジェットで当たり前のように使われている技術について,最初の特許出願を調べてみたので,いくつか紹介します.

もしかしたらここに紹介する特許より早い出願があるかもしれません.ご存じの場合,教えていただけると助かります.

●スターホイール(拍車)

公開実用新案昭和55-179851(諏訪精工舎):1979年6月14日出願

●濃淡インク(Photo Ink)

特開昭58-39468(日本電信電話公社):1981年9月4日出願

●縁なしプリント

特許第3700677号(セイコーエプソン):1994年10月21日出願

 (特願平7-229543の分割)

●2液反応(無色凝集剤液体との反応)・・・2液反応には様々な反応があるので,これは反応させるコンセプト

特許第2676699号(リコー):1987年9月3日出願

他の技術についても,今後紹介したいと思いますし,上記特許より前の発明がないかどうかも引き続き調べてみます.

半沢直樹

今更この大人気ドラマの評価をここでするつもりではない.

私が好きなドラマではあるが,その理由をここで書くつもりでもない.

2013年放送シリーズはこれまで6回見た.2020年放送シリーズは3回見た.好きな番組の割には見返した回数が少ないかもしれないが,好きだからこそあまり頻繁に見ないようにしている.(大事な物を箱や引き出しの中にしまって,たまに取り出してみるのと似ているかもしれない).おそらくこれからも何度も見返すだろう.

さて先日,2020年放送シリーズの10本を一気に見た.最終回の最後に,中野渡頭取が東京中央銀行のあの階段で半沢に語った最後の言葉が,私が昨年このブログ用に書いたものの,訳あって掲載しなかった内容に重なるものがあったので,改めてここで取り上げる事にした.

中野渡頭取の階段での言葉は以下の通り.

「物事の是非は決断した時に決まるものではない」

「評価が定まるのは常に後になってからだ」

「もしかしたら間違っているかもしれない」

「だからこそ,今自分が正しいと信じる選択をしなければならないと私は思う」

「決して後悔をしないために」

私の経験を踏まえても,全くこれには同意する.

しかし私が昨年ここに掲載しかけた文章にはもう1つ付け加えるべき事がある.

決断した時に自分の信じる選択をする.これは当然かもしれないが,結果的に間違うこと,あるいは選択時には分からなかったことや,その後の予想出来なかったことが起きたために後悔する方向に進むかも知れない.では「決して後悔しないために」に何が必要なのか.

それは自分が下した決断を後悔しないよう,決断した後にも全力で良い方向に持っていく努力をすることである.

勿論,間違いをねじ曲げて正しく見えるようにするのとは違う.それはむしろ後悔につながる.そうではなく,正しいと信じる限りそれを実現する努力を惜しまず,またそこから最適な結果にたどり着く努力を惜しまない事だ(これを北大路欣也の声で言いたい).

ただし,自分の信じる正しい選択が,絶対に正しいことをどう証明するのか.言い換えると自分が間違った判断を正しいと思ってしまった場合はどうするのか.その答えを上手く書けず公開をやめた.答えがなかったのではない.本当に真意を上手く書けなかったのである.

だからそれを上手く書けるようになるまでは,削除した文章を再掲載する事は出来ない.

もう1つ.昨年書きかけた文章は,ドラマを見て(意識してもしなくても)同じような事を書いたのではない.何故なら,同じ事を私が大学生の時,教育実習先の高校で,生徒たちに言った内容にほぼ等しいからである.当時から同じ思いがベースにあったのだろうと思う.

ドローンとFAV

2016年に提案し,2019年にJISに登録したボクセルベースの3DデータフォーマットFAV.このFAVとドローンといったいどのような関係があるのだろうか.

昨年から経済産業省主体で「3次元空間情報基盤アーキテクチャ検討会」が始まっており,ここではドローンを始め,将来の自立行動型ロボットのための空間地図を作ろうという検討が行われている.国土交通省でも国土地図情報を様々な新しい動きにつなげようとする活動が行われているが(PLATEAU),この経済産業省の検討会では空間地図をボクセルベースにすることが取り上げられており,先日,経済産業省やデジタルアーキテクチャ・デザインセンタの方から,FAVや空間表現についてのヒアリングを受けた.FAVそのものがこの空間地図の仕様に採用されるわけではないが,FAVで実現されているいくつかの考えが取り入れられれば非常に面白い展開になるのではないかと期待している.

当初目指した3Dプリンタ用のフォーマットとしてはまだまだ先の長い話になりそうであるが,このような新しい展開につながることもFAVの提案者のひとりとして嬉しく思う.

ところで,ニュースで取り上げられている最近のドローンによるいくつかの試みについて,話題性についてもだが,試み自体の真価について疑問に思うものがある.

ドローンによる(商品・物品)配送の実験で,例えば調理したラーメンを公園で遊んでいる人に届け,おいしそうに食べるニュースがあった.将来,こういうシーンが当たりまえになる日がくるのかもしれないが,この実験自体,「話題性」以外に何の意味があるのだろうか(これだけ世界中でドローンが活躍している今では話題性も???だが).従来では運べない超重量や,運搬物の品質を損なわない新しい工夫、あるいは運搬中に調理したりあっというまに到着するような技術開発や課題を解決したものでもない.また多く飛び交うドローンの中で配送コースを最適化したり,飛ばす場所がなく狭小キッチンから直接ドローンが離陸し狭いマンションのベランダに着陸するようなドローンの運行・環境に関する実験でもない.これはあくまでも一例であるが,ドローンという今のはやりに乗った話題性だけのものをメディアだけでなく,自治体や一部技術者までもが参加したお祭り騒ぎである.

ドローンが活用されるそんな将来を目指すなら,もっと本質的に取り組まなければならないことはたくさんある.そこをおろそかにすると,どこかの国で実用化された時には,技術も運行システムも日本は世界からとんでもなく差をつけられているだろう(今も既に離されているが).

人を載せたドローンとの違いがわからない「空飛ぶ自動車」の開発競争にも言いたいことがあるので,これは別途書きたい.

情報コントロール

これから書くことは,管理職の方,これから管理職になる方,あるいは部下を持つ上司という立場になる方へのお願いでもある.

管理職という立場になると部下の方よりも圧倒的に多くの種類,多くの量の情報が入ってくる.人事,業績,そして技術や市場の情報も.これらの情報を部下の方への開示する際のコントロールを,部下との関係維持のために使って欲しくないということである.

私の経験も踏まえてもう少し分かりやすく書こう.

技術系の管理職でも第一線の技術者と同様,いやそれ以上に研究・開発に取り組まれている方もいると思う.しかし一般的には評価,報告等の業務が増え,また管掌するテーマや技術範囲も広がり以前のように技術の最前線に立てない,立つ時間が減る,技術の深堀ができなくなるケースが多い.そういう状況が続けば研究・開発現場で起きている事象,そして関連技術に現場の部下の方が詳しくなるのは自然の成り行きである.もちろん管理職もそれを報告や対話によって常に遅れなく吸収し,あるいは必要なアクションを起こすようであれば問題ない.しかしその持っている現場,関連技術情報の差を埋める,つまりあくまでも部下に対して技術者としての優位な立場を維持するために,自分が知り得た情報の部下への開示をコントロールし,自分は知っているが部下は知らない,という状況でその差を埋めることをしがちである(私はそういうことをしたことがないので,正しい分析になっているかどうかはわからないが).

サーマルインクジェットの研究を始めた当初,アメリカの親会社と共同で進めていたため,親会社から多くの技術情報,競合情報などが私の上司に入ってきていた.しかしそれらの情報は部下の我々に開示されないどころか,どういう情報があるかさえわからない状態であった.部下の我々が自分で実験し,あるいは調べてわかったことを上司に報告すると,それは親会社からのレポートで知っているよ,と言われたことが幾度もあった.米国で開催される親会社とのWork Shopには,担当者ではなく必ず上司が出席し,こちらの情報は部下から集め,戻ってきても簡単な報告だけで入手した詳細な技術情報が開示されたのはまれであった.

ここまで極端でないにしろ,現場情報の差による自分の立場の弱さを,入手した情報のコントロールで補うことはすべきでない.経験や持っている知見から,情報の分析や今後の展開において部下より優れた方策を生み出すことが,優れた技術者として部下に示す態度であるべきだ.

もちろん人事情報,会社業績に係ることは管理責任を負う管理職内で留めておかなければならないものもあるが,それ以外,特に技術,市場.競合情報は全て共有すべきである.ただし機密とされた人事や業績情報でも,部下に開示してまずいと私が思ったものはごくわずかしかなかったが.

利害の対立

かつての上司が話してくれたことで,歳をとるにつれそれを守らなければと思うことがある.そのことは今でも決して心から良い,正しい事だと思っているわけではないが,過去の自分の失敗やうまく結果を残せなかった原因の1つになっているのではないかと思うことがある.

ちなみにその上司との相性は最悪であったし,彼は私のことを評価もしてくれていなかった.私も彼の行動や考え方には賛同できないことが多く対立も多かった.

社内でケンカ,といっても暴力のケンカではなく意見や利害が対立することであるが,決して100%勝てるケンカでも100:0で勝つな,と教えられたことである.もちろん技術的な対立のことではない.技術はデータや結果が裏付ける正しさなら,自分の主張を100%通す努力をすべきである.

そういうことではなく,日常で起こり得る組織や立場にかかわる利害の対立において,いくら自分の主張が正しく,また支持する人が圧倒的に多く完全に勝てるケンカにおいても,10%でも良いので相手に勝った気にさせろというのである.「お互いの正しいところをうまく取り入れた結論にする」という当たりまえのことを言っているのではない.それどころか100:0で勝てるケンカでも51:49で勝てば良い,とも言えるような話をされていた.「相手をたてる」ということに近いのかもしれないが,相手に自分の主張も通った,という印象を持たせることが大事である,という話だった.社内では対立した人と,特に利害が対立するくらい身近の関係にあれば,今後も社内で一緒に仕事を進めることも多々あるだろう.その時にスムーズに仕事を進め,自分の思うような結果を出す,ということを重視するならば決して敵をつくるべきではない,という教えだったのだと思う.裁判ではないのだから.

 

私はこういった立ち振る舞いを考えること自体が嫌いだったし,会社時代,この教えをほとんど実践できなかった.決して自分の実績の言い訳にするつもりはないが,敵は多かった.

会社を離れた今,なぜこの思いを書いていると言えば,長年続けている学会活動の中でインクジェット,3Dプリンタ,そして技術者・研究者の育成にとって(私が)正しいと考え,必要な施策を実施することを最重要視するなら,本質的でないところで敵を作る必要がないことを強く感じているからである.